異国で病気になるほど不安なことはない。
何故なら病院がどこにあるのかもわからないうえ、その国の病院のシステム、料金形態などがまるで無知だからだ。
最近中国での病気の話題がニュースで多く取り上げられていて、私はそのたびにバックパッカー時代中国で病気になった記憶がよみがえる。
私は中国旅行が大好きで、大きな国土を結ぶ夜行列車、多くの異なる民族たちに会うのが楽しくてトータル二か月ほどを中国で過ごした。
大連から入り北京、成都、チベット、西安などの街を経て大陸を西へと横断。
中国最後の町、新疆ウイグル自治区カシュガルで事は起きた。
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めっちゃ西の方でキルギスとの国境。中央アジアの文化が濃くイスラム教が多い。
そんな小さな町で、突如として片耳に激痛が走った
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ひと晩ベッドの中で不眠で痛みに耐えて耐えて、朝になって起き上がると、片耳がほとんど聞こえなくなっていた
当時20代半ばの私だったが、その年まで病気1つなく経験してこなかった私はむちゃくちゃ焦った。
耳が聞こえない。しかも日本から遠く離れた、日本人が一人もいない中国の辺境の町で。
だが私は多額の金を払い海外旅行保険に入っていた。
この保険があれば現地の病院を紹介してもらい、翻訳もつき、なおかつキャッシュレス(現金無用)で治療を受けることができる!
高い金を払った甲斐があったと思った。
ので、泊まっていた中国のユースホテルの電話を貸してもらって日本の保険会社に電話した。

小西「耳が聞こえなくなってしまって!今カシュガルにいるんですけど病院に行きたくて・・・」
保険会社「カシュガルですか・・・。
     申し訳ないんですが、その街に提携している病院はありません。」
小西「!?え」
保険会社「すみませんが、いちばん近い所だと新疆ウイグル自治区ウルムチという街に提携している病院はあります。」

中国の広さは日本に住んでいると想像がつきにくいが、半端なくデカい
新疆ウイグル自治区同士でも、ウルムチと私のいるカシュガルは24時間かかる。
戻らないなら自力で病院を探し自腹で病院代を払ってくれ。後に保険会社に領収書を提出すれば支払う。とのことだった。そんなことある!?!?!?
不眠なおかつひと晩の激痛で精神がやられていた私は絶望の淵に立たされた。
もう病院に絶対に行けないんだ!!!
生まれ故郷である日本という国に見捨てられた
とまで思い自分を追い詰めた。
ただならぬ様子で日本へ電話し、そして意気消沈してシクシク泣きながら共同リビングでふて寝している私に、流石にユースホテルの亭主は心配そうに話しかけてくれた。
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今思えば凄まじいほどのかまってちゃんである。
亭主は共同部屋で最低料金で泊まりつづける客の病院を手配し外国人だからと付き添ってくれるという。
しかも、現ナマを持たずいくら治療費かかるかもわからないというのに、「立て替えてやるから病院行こう」と言ってくれた。もうこの人の嫁に行くしかないと思った。
んで病院にタクシーで行った。たしか人民病院とかそういう感じの大きな病院で、患者はむちゃくちゃたくさんいた。
だというのに、私は何故か並ぶことなく優先されすぐさま医者に診て貰えた。
そして、日本人の患者が来たぞ!という情報が病院を駆け巡ったらしく、多くの患者がわらわらと集まってきて皆が私の治療を固唾をのんで見守ってくれた。
どういう状況・・・?
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そして気がついた。
私は英語はワーホリあとだったのでまだしも中国語は一切わからない。
病名なんぞ英語で言われたとしてわからない。わかる病名はせいぜいCancer(癌)くらいなもので、まさかそれを言われたとしたら旅行どころではない。さりとて日本へ帰国したとて国民健康保険に加入していないのでもうどうしたらいいかわからない。
とりあえずもう一生耳の聴力は戻ろないんだろうなと思った。
病名がわからないなんてどうしたらいいんだろうと、途方に暮れ、日本へ帰る覚悟を決めた

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めっちゃ病名読めた!!!!!

めっちゃ子供の頃から見知った病名だーーー!なんか安心した!
英語で急性中耳炎言われても絶対わからなかったけど、中国の文字は読める・・・読めるぞ!!!
「これ知ってるよ!読めるよ!」
って医者と宿の亭主に伝えたら「やったな!!」ってめっちゃ喜んでくれた。
これほど漢字圏の国でよかったと思ったことはないわ。
ありがとう中国!!
治療費もたいしてかからず、私は一週間ほど中耳炎を療養して懲りずにキルギスへ向かった。
後にモロッコでもっとキツイ病に倒れ遺書をしたためることになるとはこの時の私は知る由もなかった・・・。

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